大海の一滴
(……美絵子は一緒じゃないのか)
扉をくぐる前、密かに抱いていた淡い期待は一瞬にして消滅した。
(物事は、やっぱり思い通りに進まないな)
社会人になって以来、何度となく思った感想である。
達之は軽く溜息を吐いて、彼女の元へ歩を進めた。
気配を察した秋野月子は立ち上がり、こちらに向かって軽く会釈をする。
「お久しぶりです」
(まただ)
懐かしさに胸を焦がれるような、一瞬の感覚。一体これは、何なのだろう。
「ご注文は」
頃合を見計らい、ウェイターがメニューを尋ねにやって来た。
カウンターの内側でコップを磨きながら白髪老人の話相手をしていた店員だ。
四十代後半か、五十代くらい。
やや細身で異常に姿勢が良く、チャップリンのように剪定された髭を生やしている。
「……」
と言うか、白黒映画で見たチャップリンそのものに見える。
似ている。似すぎている。
そう言えば前回ここへ来た時は、ふうてんの寅さんそっくりのおじさんが注文を聞きにやって来て、危うく吹き出すところだった。
美絵子の手前何とか堪えたが、本当に危なかった。
あの人が辞めて、今度はチャップリン??