大海の一滴
「お待たせしました。ホットコーヒーです。ごゆっくりどうぞ」
目の前に置かれたコーヒーは、昔と変わらずよい芳香を醸していた。
達之はそれを一口啜り、思いを廻らせた。
(さて、本題をどう切り出すべきか)
込み入った話題は話し始めが難しい。
しかも、相手が初対面にも等しい、そして美しい女性であれば尚更だ。
(まずは、当たり障りの無いところからかな)
今日はいい天気ですねとか、最近いい天気が続きますねとか、そうじゃなければ相変わらずお綺麗ですねとか。
いや、ちょっと胡散臭いな……って、オレは何を浮かれているんだ。
「少し、私の子供の頃の話をしても宜しいでしょうか?」
「え??」
秋野月子が目元口元に涼しげな笑みを浮かべ、静かにこちらを見つめている。
確か、この間の電話も彼女が先だったな。
大人しそうに見えて、意外に言うことは言うタイプなのだろうか。
少しだけ、男としてのプライドがくじかれた気分になった。が、すぐに達之はこっくりと頷いた。
(今はそんなことどうでもいい。それに)
茶色味を帯びた瞳。よくわからないが、かなり真剣に見える。
「お聞かせ願います」
達之は、軽く頭を下げた。