大海の一滴

 海の見える、小高い丘の麓と言ったらいいのかしら。
周りには建物なんか一つも無くて、交通の便も酷く悪い。見えるのは海だけ。
 自然が豊かと言えばそうなのかもしれないけれど、病気と闘う子供には心細い場所でした。
 ベッドの窓から見える海は、いつも私の命を飲み込もうとしているように見えて、本当に恐ろしかった。
 夜は特に……。


 その病院には常時二十人程子供がいたと思います。
下は五~六歳位の幼子から上は十三~十四歳位まで。
 病気の子供は通常より発育が遅れがちなので、もしかしたらもっと上の子もいたかもしれません。

 何年も留まり続ける子もいれば入退院を繰り返す子もいるし、少ないけれど完治して去って行く子や、残念ながら命を落とす子もおり、顔ぶれは少しずつ違いましたが、私も含め、皆能面のような表情を張り付かせていたのを覚えています。
 
 症状が重ければ重いほど、病の子供は良く笑うのです。

 力ない笑顔の裏側に、苦しみ、悲しみ、憎悪、嫌悪感、憂鬱、そして沢山のもどかしさが、ごちゃ混ぜになって渦巻いているのが私には見て取れました。
 入院中、はるばる会いに来た母に私も良くそんな顔をしていたのだと思います。
 今となってはどういう心境だったのか、はっきりとは思い出せません。
 
 覚えているのはその時鏡に映った自分の笑顔です。

 のっぺりと、蝋か何かで塗り固められたような、とてもおぞましいものでした。




 だから今も少し鏡が苦手なんです。私には、まだ表情が足りないから。







 ごめんなさい。話が少し脱線してしまいました。続けますね。








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