大海の一滴
先程は病室の名前がどうこうと文句を言いましたが、やはり子供だった私にとって、母がいないというのはとても寂しく、言いようもなく心細いものでした。
何度か、他の病院へ移りたいと駄々をこねたこともあります。
父親にしてみれば、高額な入院費用を支払う代わりに、セキュリティ万全で情報漏洩の心配が少ないあの病院は、格好の施設だったに違いありません。
もちろん、最高の治療も受けられ私はこうして生きているのですから、感謝しなくてはなりません。
すみません、また脱線してますね。
簡潔に説明するのって、なかなか難しいものですね。
とにかく、その異様な管理体制での入院中、私は一人の少女に出会ったのです。
彼女は当時の私と同じ、十一歳。学年で言うと小学校五年生にあたります。
五回目の入院の時でした。
それが、あの病院で過ごした私の最後の記憶になります。
体調は最悪、眠れば悪夢、誰もいない病室、暗い海。
私は心身共に追い詰められていました。
人と接するのが苦手な私が院内学級へ足を運んだのは、同じ境遇の子に会いたかったからです。
出来れば私よりも病状の悪い子に会いたい。そう思ったのです。
不幸な人間を目にすることで、自分の優位性を確認したかったのかもしれません。
私は病室の扉を開き、弾力のある深緑色の廊下を一歩一歩踏みしめていきました。
院内学級は人目に付きにくい奥まった場所にあり、そこへ行くまでに随分な距離を歩いた気がしますが、もしかしたら私の思い込みだったのかもしれません。