大海の一滴
また心の中の独り言が始まる。
(掛け直して欲しいのなら、折り返し電話を下さいだろ、全く)
佐藤さんの件。五十嵐はそればかりだ。
『佐藤さんが、大変な仕事ばかり僕に押し付けてくるんです』
(だったら、仕事量が多いので手伝ってもらえませんかと聞けよ)
『佐藤さんが他の職員達に、僕の悪口を言うんです』
(俺だって、悪口くらい言われてるって)
『この間の飲み会、僕だけ省かれました』
(飲みに行きたかったら、誘われるのを待たずに自分から意思表示しろよ。面倒くさい)
『佐藤さんは、僕だけに仕事をさせて他の人達と喋っているんです』
(そういうことは、仕事を覚えてから言え)
達之が電話を取ったが最後、五十嵐は一時間以上かけて「佐藤さんが、佐藤さんが」と愚痴るのだ。そして決まってこう言う。
『だから、辞めようかなと思って』
それを言われてしまうと、管理職という立場の達之は話を聞かないわけには行かなくなる。
部下達が仕事をしやすいよう配慮するのは達之の業務の一環なのだ。が、五十嵐の言う佐藤君との問題は、自分で解決出来るはずなのだ。
佐藤君はまだ二十五歳。
不都合があるなら自分で言えないものか。
五十嵐剛という立派な名前を親につけて貰ったわりに、随分貧弱に成長したものだ。
五十嵐は三十五歳。
俺より二つも年上じゃないか。いちいちくだらないことで電話してくるなよ。
競り上がる怒りに、思わず携帯を掴んで振り上げる。が、投げつける一歩手前、衝動は常識に捉えられてしまう。
ハアー。
(プライドばかり高い五十嵐の指導係を、年下の佐藤君にさせたのが失敗だった)
留守電を消去した後で、達之は通話ボタンをプッシュした。
「あ、藤川さん? あのですね、佐藤さんが……」
達之は小さな溜息と共に肩を落とした。