大海の一滴
彼女の体型は、病弱の子供のそれと変わりなく、小さくて、青白くて、骸骨にうっすら皮を張ったような極めて貧弱な身体付きでした。
けれど彼女は他のどの子供とも異なり、大変表情が豊かでした。
私達がのっぺりとした日本の面を付けているとすれば、さちちゃんは装飾豊かな西洋の仮面を被っているような感じです。
大げさによく笑い、大げさに不満げな顔をする彼女は、何と言ったら良いか、誰かの仮面を付けてその誰かを演じているような、少し嘘っぽい印象もありました。決して悪い印象ではありません。
上手く説明は出来ませんが、そこも含めて私はさちちゃんが好きだったのだと思います。
さちちゃんの表情の大半は目よりも唇にあって、まるで独立した生物のように、うにょうにょとよく動いていました。
上唇の左側にある小さい染みのようなほくろが小動物の目に見えて、とても可愛らしかったことを覚えています。さちちゃんは不思議な子でした。
「私は、妄想力豊かなの」
本人が豪語するとおり、彼女は常にどこか違う世界を見つめているようでしたし、唐突に突拍子もない発言をする子でもありました。
「さちちゃんは、読書が大好きね」
いつも眉間にしわを寄せて読書に励む彼女に、いつだったかそう話しかけたことがあります。
すると、彼女は持っていた文庫本をつまらなそうにぽいと棚に置いてしまいました。
「つきちゃんは誤解しているわ。私にとっての読書は妄想のための道具でしかないの。だって本に描かれている物語って、私のための物語ではなくて作者のものでしょ? だから、私はいくつかのファンタジーを読み込んで気に入った登場人物だけを一緒の物語に入れ込んだり、主人公を取り替えたりして、私だけのファンタジーを創り上げているのよ。そうしてその世界を頭の中で自由に動かしてみたり、たまには、さちを主人公にしたりして遊ぶ。それが好きなだけよ。分かる?」
その日のさちちゃんの、長い睫毛に縁取られたキラキラ輝く瞳は、本当に素敵でした。