大海の一滴
彼女はそのまま熱っぽく続けました。
「例えばそうね。つきちゃんに分かりやすいように説明すればシンデレラと人魚姫のお話があるでしょう? それを一緒にするとこうなるわ。人魚姫には意地悪なお姉さんが沢山いて、人魚姫を海から追放しようとするの。必死の思いで海の上まで浮上した時、偶然船の甲板から満月を眺めていた王子様に出会う。二人は一瞬にして恋に落ちるのだけれど、そこへ嵐がやってきて王子様の船は沈没してしまうの。人魚姫は何とか気絶した王子様を岸まで運んで行くけれど、沖に上がれない人魚姫は遠くから王子様を見守ることしか出来ない。その時、水汲みにやって来たボロボロの服で泥だらけの、だけど美しいシンデレラが、王子様を見つけて看病する。さて王子様はどちらの姫と結婚するのか。って感じ」
「王子様はどっちを選ぶの?」
「それは秘密よ。ごめん、やっぱり嘘。本当は今考えたばかりだから、まだそこまでストーリーが展開していないの。それに王子様がどっちを選ぶのかは簡単には決まらないわ。だってその時の自然的な要素、例えば天候が晴れなのか雨なのかとか、気温は暖かかったのか寒かったのかとか、季節が春なのか冬なのかとかね。それから偶然的要素、シンデレラ以外そこには誰もいなかったのかとか、傷の手当てが出来る道具箱をシンデレラが持っていたのかどうかとか、王子様が丁度良く目覚めるのかどうかとかね。そしてこれが一番重要なんだけど、人魚姫とシンデレラの持って生まれた運の量はどちらが多いのか。こういうのを全部含めて考えなきゃならないから、何通りもの結末があるのよ。その中からより現実的な結末を決定するのは、一筋縄では行かないの。まあ、それが面白いところでもあるんだけどね」
もしかしたら、その年齢の女の子にはありがちな感性なのかもしれません。
ただ、あの病院の中で彼女は間違いなく特殊な性格で、そして私に持ち合わせていないものでした。
私は、そんな彼女に惹かれていたのだと思います。
さちちゃんは、月に一、二回、とても饒舌な日がありました。