大海の一滴
やけに、夕焼けの赤い日でした。
さちちゃんの訪問は週に一回あるかないかに減っていて、私もそうでしたが、彼女の病状も日に日に悪化し、かなり危険な状態だったのだと思います。
血流の途絶えた濁った瞳に、ボリュームを絞った低くかすれた声で、彼女は続けました。
「たま~にね、青い作業服を着た男の人が、大きな銀色のスーツケースを持ってこの病院にやって来るんだって。そうするとね、この病院で一番具合の悪かった子供が一人、病院からいなくなるらしいの」
「いなくなるって、退院? それとも、死ぬってこと?」
「分からないわ。ただ、その男性が来るとすぐ、手術室に電気が点るんだって」
さちちゃんは、一度窓の外に目を向けてからまた私に向き直り、一言一言、噛み締めるように言いました。
「それでね、もし、次に青い作業着の男性が来たらさ。たぶん、私の番だと思うんだ」
「……」
「だから、つきちゃん。今のうちに頼んでおきたいことがあるんだけど」
「何?」
「私がいなくなった後、もしもう一人の私がこの病院へやって来たら、この手紙を渡して欲しいの」
彼女はごわごわに毛羽立った青いパジャマのポケットから、本当に大切そうに、桜模様の封筒を取り出しました。
真剣な表情に気圧され、『もう一人の私』とは一体誰のことなのか、それすら聞かずに私はその手紙を受け取ってしまったのです。
それから、二日後のことです。