大海の一滴

 実のところ、達之には秋野月子が話していた病院やさちと言う少女について、美絵子の家出と何ら関係があるようには思えなかったのだ。

 むろん、達之自身とは無関係そのものだと思っている。



「美絵子に関する質問ではなく、僕個人ですか?」

 聞き間違いかと、確かめる。が、彼女の答えは変わらなかった。

「はい、藤川さんの、正確に言えば藤川さんのご家族のことを聞きたいのです」

「よく、分からないな。それが美絵子がいなくなったことと関係しているんですか?」



 ほんの数秒間、彼女が目を伏せて感慨にふける。


「少なくとも、私は何かしら関連性があると思っています」


 バニラアイスの溶け込んだ、酷く甘いソーダをごくりと飲んで、達之も暫し考えてみる。
が、何を考えたら良いのやら、分かるはずもなかった。


「分かりました。そう言う事なら、どしどし聞いちゃって下さい」
 どっちみち、このまま終わったのではここへ来た意味がない。

「では早速伺います。お聞きしたいのは藤川さんの、お父様のご職業についてです」
「父の? ですか?」

「はい。美絵子から地方公務員をされていると伺いましたが、間違いないでしょうか?」
「ええ。数年前に他界しましたが」


 え? 

 声にこそならなかったが、彼女の形の良い唇がそう動いた。


「……ごめんなさい。存じ上げなくて」

 達之はカラッと笑う。
「気にしないで下さい。父が死んだのは随分昔ですし、何と言うか、もう僕にとって故人ですから」

< 128 / 240 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop