大海の一滴
実のところ、達之には秋野月子が話していた病院やさちと言う少女について、美絵子の家出と何ら関係があるようには思えなかったのだ。
むろん、達之自身とは無関係そのものだと思っている。
「美絵子に関する質問ではなく、僕個人ですか?」
聞き間違いかと、確かめる。が、彼女の答えは変わらなかった。
「はい、藤川さんの、正確に言えば藤川さんのご家族のことを聞きたいのです」
「よく、分からないな。それが美絵子がいなくなったことと関係しているんですか?」
ほんの数秒間、彼女が目を伏せて感慨にふける。
「少なくとも、私は何かしら関連性があると思っています」
バニラアイスの溶け込んだ、酷く甘いソーダをごくりと飲んで、達之も暫し考えてみる。
が、何を考えたら良いのやら、分かるはずもなかった。
「分かりました。そう言う事なら、どしどし聞いちゃって下さい」
どっちみち、このまま終わったのではここへ来た意味がない。
「では早速伺います。お聞きしたいのは藤川さんの、お父様のご職業についてです」
「父の? ですか?」
「はい。美絵子から地方公務員をされていると伺いましたが、間違いないでしょうか?」
「ええ。数年前に他界しましたが」
え?
声にこそならなかったが、彼女の形の良い唇がそう動いた。
「……ごめんなさい。存じ上げなくて」
達之はカラッと笑う。
「気にしないで下さい。父が死んだのは随分昔ですし、何と言うか、もう僕にとって故人ですから」