大海の一滴
『株式会社 サプティー』は創業五十年の健康食品を取り扱う企業である。
創業者中川耕一郎は、その名が示すとおり代々田畑を耕す農家の出身で、自身も農業学校を卒業後十代後半から跡取りとして米や作物を生産し生計を立てていた。
彼が他の農民と唯一異なっていたのは、好奇心が非常に旺盛であったという点である。
耕一郎は当時の東北では珍しい、オクラやモロヘイヤ、京野菜の種苗を何処からともなく調達してきては、畑の一角に作った専用スペースでひっそりと栽培していた。
始めは他の野菜同様、おひたしや味噌汁の具として食していたのだが、酒を飲みすぎたある日の朝、不意にそれらを生で食べてみたくなったのだという。
すると不思議なことに胃腸がスッキリし羽が生えたように身体が軽くなった。
そして耕一郎は閃いた。
数種の生野菜をすり鉢で混ぜ合わせ、その絞り汁を二日酔いの妙薬として飲んでみてはどうだろうかと。
思っていた以上に効き目は絶大で、それは瞬く間に近所の間で評判となり、「ぜひ売って欲しい」と皆が殺到、電話はパンク寸前になったという。
これが当社自慢の製品「青汁」の始まりである。……と会社案内のパンフレットには書かれている。
達之はそのエピソードに感銘を受け、会社の方針に魅力を感じて入社したやる気ある若者……ではもちろんない。
就職難に苦しんでいた当時、ゼミの教授からの紹介で何となく面接を受けに行った所、一次試験、二次試験、最終面接合格と、トントン拍子に内定を貰ってしまったのだ。
他に受けていた企業の結果は無残なもので、厳選する必要も断る理由も無いまま、流されるように就職したのがサプティーなのである。
ところが一度入社してみれば、達之の日常と実に良く馴染んだ。