大海の一滴
やっと酒が回り、重くのしかかっていた緊張がほぐれてくると、達之は大学での生活についてをぽつりぽつりと話し始めるようになった。
「大阪から来た奴がいて、やっぱり関西弁を喋るんだ」
「今、微生物の実験で大腸菌の培養をしているんだけどさ」
「最近、ギターを弾き始めたんだ」
まるで、覚えたての日本語を操る外国人のように不自然だったと我ながら思う。
共通の話題があるわけでもなく、これといって会話は弾まなかったが、時折、「そうか」「ほお」と目を細めて頷いてくれる父に、嬉しいような、気恥ずかしいような、胸の辺りが妙にくすぐったくなったのを覚えている。
こうやって成人した息子と二人で酒を酌み交わすことが息子を持つ父親の特権だとしたら、将来自分も息子が欲しい。
弱冠二十歳。まだ瑞々しかった達之青年はそう浮かれた。
三十歳を当に超え、毎朝電気剃刀で髭を剃りながら、少し毛深くなったなと鏡を見つめる達之が、いつか愛娘をさらいに来るかもしれない、まだ見ぬ家のドラ息子に時折複雑な心境を抱いていることなど、全く知る由もない頃の話である。
「そろそろ公務員試験の勉強も始めなきゃと思っているんだ」
ふわふわした気分の中で、達之は語った。