大海の一滴
やっぱり安定した公務員だよな。
出来れば親父みたいに、誰かを手助けできる職業がいいと思ってる。
そんな内容だったと思う。
嘘ではなかったが、大学生という一番羽目を外しがちな時分、それはシャボン玉のように幻想的で、何かの拍子にすぐ、ぱちんと弾けてしまうような現実味の薄い夢でもあった。
本気とまでは行かないが全く嘘とも言い難い気持ち。
強いて言えば、おごってくれたお礼に父親を喜ばせてやろうと付いた言葉だった。
親子愛とでも呼ぶのだろうか。
息子が自分と同じ職業を選ぶことは、父親にとって最高の誉れとその時の達之は考えたのだ。
ところが、返ってきたのは随分そっけない反応だった。
「公務員にはならない方がいい」
コップに入った芋焼酎をちびりと飲んで、父は頭を振ったのだ。
一瞬、怪訝に思った。が、当時、まだアルバイト程度しか働いたことの無い達之には、諸々の人間関係とか、上からの圧力とか、時には不本意な仕事も請け負わなければならない葛藤とか、そんな社会人特有の不条理など分かるはずもなかった。
加えて元来ポジティブな性格だ。
元々物事を深く思慮する脳の構造にはなっていない。
酔っ払った達之は『父親』と言うものが、照れ隠しに使うお決まりのセリフと捉えた。
テレビドラマでよくある感じの、『お前には楽そうに見えるかもしれんが、実際大変な仕事なんだぞ』 みたいな、父親の威厳的なそれである。
言葉数の少ない父は、それを一言に集約させた。
さすが親父だな。そう思った気もする。
今思えば、あの時の親父は浮かない顔をしていた。
遠い記憶に思いを馳せ、後悔しているような、苦悩の表情を浮かべていた……ような気もする。
「私の病気は、当時の手術や投薬だけで何とかなるものではありませんでした」
「え?」