大海の一滴

「結論から申し上げます。私はあの奇妙な病院で臓器移植を受けました。
脳死の子供から臓器を提供してもらったのです。1999年よりおよそ十年位前、臓器移植法なんてものが制定されるずっと以前のことです」

「……」



「……それから私は、あの病院で出会ったさちちゃんという少女は、美絵子ではないかと考えています」

「??」


「だとしたら、彼女もまた臓器移植を受けた可能性がある。法律が制定される以前、ドナーカードや脳死判定の基準など無い日本でです。では、脳死の子供の臓器の調達はどうしていたのか。病気で無くなった子供の臓器は使えません。不慮の事故で脳の機能だけが破壊され、健康な内臓が残った子供でなければならないのです」

「……」



「当時の法律で、脳死の子供の臓器を取り出すという行為は重犯罪です。ですから、ドナーは隠蔽可能な子供でなければなりませんでした。もちろん、通常親に愛されている子供が脳死状態になったとしても、その内臓を貰うことは不可能です。……ドナー候補になりうる子供。それは例えば、戸籍がはっきりしていない子供や、社会と係わり合いの薄い子供。例えば虐待によって学校へ行かせて貰えないような子供達」

「……」



 鼓膜の辺りがゴウゴウとくぐもった音を立てる。
それは、いつかの少女から貰った、丸みをおびた貝殻の波音を思い起こさせた。



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