大海の一滴
彼女は静かに続けた。
「……私の母は看護士をしていました。母が政治家の父親と出会ったのは、当時働いていた総合病院に彼が盲腸の手術で入院した時だと聞いています。前にも話しましたが、私達はそこそこ贅沢な暮らしが出来るくらいの養育費を頂いていました。だから母が無理に仕事をする必要は無かった。けれど母は、その後もずっと働くことを止めませんでした。養育費が無くても母子二人でやって行けると証明したかったのだと思います。母はプライドが高く、自分で決めたことは必ずやり遂げる性格の人でした」
「……その仕事熱心だった母が、私の回復後きっぱり仕事を辞めたのです」
「??」
「始めは、私との時間を大切にしてくれているのだと思いました。でも違った。母は日に日にやつれて行き、私に隠れて精神安定剤や睡眠薬を多用するようになりました。更にアルコールに依存し始め、夢うつつに、『ごめんなさい』と繰り返すようになりました」
「……」
「誰に誤っているの? そう尋ねると、母は言ったんです」
「私はあなたの代わりに、一人の子供を殺したのよ。って」
「?!」
「さすがの私も驚きました」
秋野月子は、そう言って微笑んだ。