大海の一滴
藤川 美和 五歳(小一)
さち (小五)
忘れてた!
さちは、うちの娘じゃないか。
「そうだった。さちはうちの娘の名前です。さちちゃんと言われて、なんか、混乱してしまったんです」
まさか、こんな身近な人物の名前を忘れているとは。
「すみません。言い訳になりますが最近、上の娘は思春期で、ちょっと距離があるんですよ。ろくに話もしてくれませんし。それで、つい美和のことばかり無意識に可愛がってしまっていたようです。いや、反省しなくてはいけませんね。娘の名前を忘れるなんて、親として情けない。それにしても、美絵子は余程さちという名前が気に入っていたんだな。自分が昔名乗っていた名前を、娘に付けていたんですね」
照れ笑いをして見せたが、秋野月子の表情は硬かった。
「藤川さん、ゆっくり考えて下さい。娘さんのさちさん、小学五年生と書いてありますが、年齢は分かりますか?」
「ええと、美和が小学一年で六歳になる年だから……十一歳ですね」
「十一歳。……私は母の看病のため一年浪人して大学に入っています。私が大学生一年生の時、美絵子は大学二年生で学年は異なりましたが美絵子とは同い年です。ということは、美絵子は三十一歳ですよね。藤川さんは美絵子より二つ年上と聞いていますが、間違いないですか?」
「ええ。実は僕も一年浪人していて、大学では一年だけ美絵子の先輩ですが実際は美絵子より二つ年上です。まあ、僕の場合は単に入試で落ちたんですが。で、僕が三十三だから、美絵子は三十一……」
あれ?
だとすると、十一歳のさちは美絵子が二十歳の時に産んだ事になる。
その頃、美絵子は大学二年生でオレ達は付き合い始めたばかりのはずだ。