大海の一滴
「私は、もう一人の私を受け入れる。と言っていた美絵子の言葉が、引っかかるんです。……今、美絵子はいなくなり、代わりに11歳のさちと名乗る少女が藤川さんの家に住んでいる」
背骨の一本一本が軋むような、嫌な感覚がした。
「こんなこと……」
と、秋野月子が言った。
「こんなこと、宗教論みたいで私もあまり信じたくはないんですが。もし輪廻転生というものが本当に存在して、全ての生き死にがそれに従い秩序立っているとしたら、脳死による臓器移植は自然の摂理、輪廻転生から逸脱した行為なのではないでしょうか。その行為が輪廻の秩序を微妙に狂わせ、何か生命活動に不具合を生じさせるのであれば……。もちろん証拠はありません。それにとても非科学的だとも思います。けれど、私は」
彼女は、隣の椅子に置いていた光沢のある深緑色のハンドバッグを手に取った。
金具をぱちんと開いて、しなやかな指を入れる。
「??」
「私は、今藤川さんの娘として生活しているさちさんが、もう一人の美絵子ではないかと思うのです」
目の前にスッと差し出されたのは、かつて桜模様をしていたはずの、セピア色の封筒だった。
『もう一人の私へ』
幼く、弱々しい文字だった。