大海の一滴
第七章 ~過去~
REIKO
久しぶりに走ったせいで、明日はきっと筋肉痛だ。
何故私はこんなにも急いでいるのだろう。
とにかく、一哉に一刻も早く会いたかった。
日に日に濃さを増していく空に、セミの鳴き声がいっそう大きく響く。
いつの間にか梅雨は完全に明け、子供達の待ち望む夏休みも近い。
どうして季節は少しずつ変化しているのに気が付かないのだろう。
どうして気付いた時には全く別の装いになっているのだろう。
駅の改札をすり抜け、走りながらそんなことを考えていた。
腕時計にチラリと目をやる。
まだ午後六時前。このまま走れば一哉の出勤に間に合いそうだ。
潮風が、汗ばんで張り付き気味の長い髪を撫でつけ、独特の匂いを残して抜けて行く。
それは何故か妙に懐かしい風のような気がした。
「一哉!」
ハイツの階段を駆け上りながら、麗子は叫んでいた。
玄関のノブを回すとすんなり扉が開く。
鍵がかかっていないのは一哉がまだ中に居る証拠だ。
(間に合ったわ)
そう思う。
「どうしたの? びっくりするじゃん」