大海の一滴

「公務員は安定している。教師になるということは、あなた自身が立派であるという証明にもなるのよ」

 物心つかないうちに子守唄のように繰り返されてきた言葉は、無意識のもっと奥の方に張り付いていた。

 麗子は疑うことを知らずに成長し、高校卒業後、有名大学に推薦入学。
 教員試験も一発合格。
 小学校の教員として即採用。
 挫折知らずの人生を歩んできたのだ。

 親に逆らったことなど一度もない。

 言うことを聞いていれば褒めてくれたし、上手くもいった。

 唯一の反抗と言えば、高校の教員ではなく小学校の教員を選んだこと。
それだって、少し顔をしかめられたくらいで強く反対はされなかった。

 小学校であれ、高校であれ、夏川家で最も大事なのは『教職』に付いたという事実なのである。

< 17 / 240 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop