大海の一滴
一哉の表情が変わる。
茶色の瞳が麗子を見据え、内側の深い部分にある、良くない何かを呼び起こそうとする。
一哉の瞳に呼応するように、麗子の後頭部が次第に熱を帯び始め、軽い眩暈を覚えた。
(目を逸らさなきゃ)
身体中が警鐘を鳴らしていた。
それなのに麗子の瞳は一哉に囚われたまま動くことが出来ない。
やめて。
心が叫ぶ。
「ここのバーの名前、de Menigisuは、フランス語でもイタリア語でもない。本当はdeで区切らないんだ」
「……」
「デメニギス。深海魚の名前だよ」
「深海魚?」
やめて。
また叫ぶ。
「そう、思い出して。頭に綺麗な清水が詰まった神秘的で不思議な魚だよ。君は、それを知っているはずだ」
一哉の顔が遠ざかる。
やめて。
不意にその魚が麗子の前に姿を現す。
見たこともない不思議な魚だ。
頭の中が透明な液体に満ちていて驚くほど目が大きい。
暗い海の底を流れるように泳いでいる。
大きな目が麗子を捉え、ゆっくりゆっくり近寄ってくる。
口を開ける。
その中へ、吸い込まれて行く。