大海の一滴

「言い忘れていたわ」
 
 ノックなしでお母さんが部屋を開けるのは、れいこがちゃんと勉強をしているかどうか、こっそり調べるためだ。
 だからお母さんがいつ入って来てもいいように、机の上には解きかけの計算ノートや書きかけの漢字ノートが用意してある。


(私だってバカじゃない)
 ちょっとしたれいこの反抗だった。

 案の定、お母さんは机の上をチラリと眺め、小さく頷いた。
 そのくせ、涙で赤く腫れたれいこの顔は見て見ぬ振りをする。


「それで、あっちの学校は来週には新学期が始まるのよ」

「え? だって私、昨日春休みになったばかりよ」
「ええ。県によって、春休みって少しずつ日程に差があるの。それでね、転校早々お休みって分けにも行かないから、明日中に必要最小限の荷物を纏めてちょうだい。お母さん日曜日しか時間作れないから、明後日一緒におばあちゃんの家に行きましょう。服やなんかは、後で宅急便で送るわ」


(そんな)

 酷い。そう思っても、れいこは頷くしかなかった。


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