大海の一滴
「あらあら、よく来たわね」
意外なことに、古い家屋から現れたのはどんぐりみたいにずんぐりとした、優しそうなおばあさんだった。
れいこは面食らった。
お母さんのお母さんと言うから白雪姫に出てくる、毒入りリンゴを持った眼光が鋭くて異様に鼻の高いおばあさんを想像していたのだ。
「ご無沙汰しています」
お母さんは他人行儀の挨拶を交わした。
「さあさ、二人共入って。疲れただろ。曽根さんから貰った和菓子があるの。覚えてるかい? ほら、小学校の時仲良しだった和菓子屋さんのみどりちゃん。あの子が、旦那さんを貰ってね、二人で跡を継いでいるんだよ。真知子が来るって話をしたら、随分会いたがっていたよ。そうだ、確かれいこちゃんと同じ年の子供がいるのよ。後で挨拶に」
「もうお母さん行かないと。れいこ、後は大丈夫よね」
お母さんはにこにこと話しかけるおばあさんを無視して、れいこに向き直った。
「そんな、せめてお茶でも飲んでいったら? 久しぶりなんだし」
「折角だけど、まだいろいろ準備が残っているの。私それほど暇じゃないのよ。れいこ、いいわね。お母さんが言ったことくれぐれも忘れないで。ここに染まったらダメよ。勉強は一日最低四時間しなさい。それじゃ必要なものは後で送るから。この子お願いします」
早口でまくし立てくるりと綺麗なターンを決めたお母さんが、その後振り返ることは無かった。
「真知子は、相変わらずなのね」
ほおっと溜息を付いて、おばあさんは取り残されたれいこの手を握った。
「さあ、本当に曽根さんの和菓子は美味しいのよ。特に桜餅が番茶と良く合うの。とにかく、お茶にしましょう」
初めて握るおばあさんの手は、大きくて肉厚で、とても温かかった。