大海の一滴
 どこをどう走ったのだろう。気が付くと、れいこはいつものコスモス畑でうずくまっていた。

 海は騒がしく、ブルーシートと黄色いテープがチラリと見えた。

 さちちゃんの家にも、警察官と数人の青い作業着を着た男の人達が出入りしていた。


 その中に見覚えのある男の人がいた気がしたけれど、よく分からなかった。


 分かったことはただ一つ。

 身元不明の少女はさちちゃんだということ。




 れいこは恐ろしさのあまり、闇雲に走り続けていた。



 足がひりひりする。

 靴を履いていなかった。どこで無くしてしまったのだろうか? 

 それとも、元から履いていなかったのだろうか。


 海に近いコスモス畑は横なぶりの風が常に吹きすさむ。

 そのせいで雪はすっかり流されていたが、わら色に枯れ果て凍て付く草花は、れいこの足に鋭い痛みを植えつけた。




(どうしよう)




 私は捕まるのだろうか?

(どうしよう)

 さちちゃんが死んだ。

(どうしよう)

 背中を丸めてうずくまる。



 どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。



 トン。

 息を殺すれいこの肩を誰かが叩いた。


 心臓が跳ね上がる。息が出来ない。


 トントン。
 もう一度、叩かれる。





(捕まるんだ)

 れいこはいっそう固くなり、ギュッと目をつぶった。





「れいちゃん、僕だよ」

 子供の声だった。


「大丈夫、僕が守る。僕を信じて」


 見覚えのある男の子の声だった。






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