大海の一滴

「僕、ずっとれいちゃんを見てたんだ」

 これ履いて。とカズ君は自分の靴をれいこの足元に置いた。

 れいこはそれを黙って見つめた。
泥がべっとり付着した青い運動靴は、見るからに汚かった。


「れいちゃんが学校に来なくなってすぐの時、たまたま通学路の脇にいるのを見かけてね。それからずっとれいちゃん達を遠くから見てたんだ。だから全部知ってる。昨日の事も」

 カズ君がれいこの背中を擦る。

 反射的に身体がこわばった。
もしここにいるのがタツユキ君だったらいいのに。そう思った。
 カズ君はれいこの固い背中を擦り続ける。

 そのうちに、身体が勝手に震え始めた。



「私が、私が殺したのよ」
 勝手に声が出て、震えはいっそう酷くなる。
 驚くほどしょっぱい涙が頬に鈍い痛みを流した。


「私が殺した。私がさちちゃんを殺した。私があんなことしたから。私が殺した。私が殺した。さちちゃんを私が」


「分かった。分かったから。大丈夫だよ」


 カズ君の抜けた歯の隙間から、スーっと空気が漏れる音がした。





「大丈夫。僕が全て無かったことにしてあげる」






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