大海の一滴
そっけない食事も終わり、片付ける美絵子の後ろを通って風呂へ進む。
「私はもういただいたから、ごゆっくりどうぞ」
にっこり笑う美絵子は、やっぱり美絵子だった。
身体を洗い浴槽に浸かる。
真っ青な入浴剤が清清しい芳香をたてていた。
目を閉じて今日一日のことを考える。が、自分が何をして過ごしたのか、さっぱり思い出せなかった。
記憶に残らないほど適当に過ごしていたのだろう。
ごろごろして、テレビを眺め、昼寝してちょっと散歩に出る。
そんな空虚で充実した休日だったに違いない。
程よい湯を掬って、顔にかける。
一瞬、誰かの顔と封筒のようなものが頭をよぎった。
それは、とても重大なことのような気がした。が、結局よく思い出せなかった。
(事務の子に提出する書類でもあったかな)
まあ、会社に行けば分かるだろう。意識が朦朧としてきた。そろそろ出るか。
「あ~、ビール飲みてぇ」
でも流石に今日は無理だ。
(あれ? 何で無理なんだっけ?)
柔軟材の効いたバスタオルでゴシゴシと身体中を乱暴に拭きながら考える。
(ま、いいか)
元々、深く考えられるタイプではない。
旅行がよっぽど楽しかったのか、美絵子の機嫌は終止良かった。
「どんどん飲んでいいわよ」
発泡酒ではなく、本物の、そしていろんな種類のビールが冷蔵庫の中で十本も出番を待っていた。
「……こんなに。一体どういう風の吹き回し?」
「え? 別に。あなたの好きなものでしょう?」
「そうだけど。これなんか、ベルギービールだぞ? これはドイツのだし。こんな高いビールを十本も」
「あなたの好きなものを沢山用意するのは妻の務めよ。私はあなたの喜ぶ顔が見たいの」
美絵子が微笑む。
(??)
「それじゃ、遠慮なく飲ませて貰いますか」
何にせよ、こんなにビールがいただけるとは有り難い。