大海の一滴
公園には、麗子と一哉以外誰もいない。
干上がった噴水、赤錆びたベンチ、薄暗い電燈。
もしこの公園が小学校の学区内にあったなら、必ず注意を促すことになる。
『危険ですから、絶対に近寄らないで下さい』
子供を狙った犯罪が増えている今、こうした寂れた公園は最も危険な場所と言える。
たとえそこが、人によっては『情緒深い』と感じる場所であっても。
「いい所を見つけたんだ」
一哉がこの公園へ案内してくれたのは、もう何年も前の話だ。
初めて見た時、不自然に心がざわめいた。
誰にも見つけて貰えずに、唯黙って何かに耐えているちっぽけな公園。
耐え続けた傷跡は、錆となってあらゆる金属を蝕んでいた。
静かで何処か品格を漂わせる雰囲気は、きっと侘び寂を愛する者が建造したからに違いない。
そう思った。
「なんかカッコいいっしょ。ちょっと大正ロマンな感じでさ」
物哀しさに打たれた麗子とは反対に、一哉の方は『新しくてハイセンスな』ものとして捉えたようだった。
以来、『大正公園』と一哉が勝手に名付けたこの公園で、二人は何度となく待ち合わせを繰り返している。
「じゃあ、行こうか」
一哉は八重歯を覗かせ、麗子の冷たい手を握った。
「麗子の手って、いっつも冷たい。冷え性?」
反対に一哉の手は真冬でも温かい。
「どこに連れて行ってくれるの?」
「それは、秘密だよん」
笑った一哉の頬に、分厚い雲間からほんのり月明かりが射す。
一哉と私はプラスとマイナス。
決して相入れないけれど、同じ物質に惹かれ、近くにいれば惹きつけ合う。
奇妙な感情の共有が、麗子にとって嬉しくもあり、もどかしくもあった。