大海の一滴

「ここは、元々オレの叔父さんがバーをやっていた場所なんだ。オレ、昔チビでデブで、しかも根暗だったから、学校だけじゃなく家にも居場所がなかったんだよね。親父もお袋も、まああの小さい町では美男美女の夫婦で通っていたし、二つ上の兄貴はその二人のいいとこ取りで、頭はいいわスポーツは出来るわで、明るくて人気者だった。もちろん、すっごいモテてたしね。だからオレ、家族からも邪険に扱われててさ。子供は一人で留めておくべきだったって、お袋が親父に言ってたのを聞いたこともある」

 昔の一哉、カズ君を思い出す。

 みんなに汚い、臭いと言われていたのは、薄汚れた服とスニーカーを着ていたせいだ。
 力のない子供は、服装も選べない。

 カズ君は、学校だけではなく、家でもいじめにあっていたのだ。
 

「唯一、ここでバーをやっていた深海魚と催眠術が好きな風変わりな叔父さんだけが、オレを構ってくれた。その人の名前が隆文さん。オレ、しょっちゅう家出してこの辺りに来てたんだ。叔父さん夫婦には子供がいなかったから、将来跡を継いでバーテンダーになろうって決めてもいた」

 一哉の言葉はいつもと違い、静かで、どこか哀しい響きが含まれている。

「だけど、麗子が引っ越して行った翌年に、叔父さんはこの近くの、ほら、オレが自転車泊めてる駐輪場あるでしょ。あの辺りで交通事故に遭ってあっけなく死んだんだ。それでここも売りに出された。オレ、文字どおり死ぬほどショックでさ。もうこの世界のどこにも自分の居場所は無いんだって自暴自棄になった」




 この世のどこにも自分を受け入れてくれる人がいない。孤独。

 幼い子供にとってそれは、想像以上に痛みを伴うのだ。




「本気で死ぬつもりだった。けど……」





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