大海の一滴

『ジンジャーウォッカ、オレがいなくても飲んでいいんだよ』

 ふと、いつかの一哉との会話を思い出す。
 忘れてしまうほど、何の変哲もない日常の会話だ。


『分かっているんだけど、どうしても一人だと、お酒に罪悪感を感じてしまって。本当は飲みたいのに飲めないの』
『麗子は本当に真面目だねぇ。まっ、そこが好きなんだけどね。そうだ!』

『どうかした?』
『なんでもないよ~ん。出来てからのお楽しみ』



 ガタン。



 酷く足の長い椅子が、反動で倒れた。

 
 早足で進む。
 カツカツと乾いたヒールの音がやけに大きく響いていた。



『第24回カクテルコンペティション
 審査員特別賞 早瀬一哉殿
 作品タイトル 琥珀色のシンデレラ』



 このカクテルは……。




『何故、モスコミュールにこだわっているの?』
 いつか、そんなことも聞いた。


 あの時、一哉はなんて言ったのだっけ?





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