大海の一滴

『大切な話をする時はね、間が重要なの。つまりじらすということね。それが、料理を引き立たせるエッセンスやフレーバーみたいな役割をするのよ』

 愛美ちゃんママ、つまり色香漂う愛香さん直伝のテクニックである。

 私は妖艶な笑みを浮かべ、じらしながら話していく。
「二つ目も解決していると思わない。この身体はあなたの妻の美絵子さんのものよ。今は違和感があるかもしれないわ。だけど、性格なんてものは、どうにでも変えられるの。私があなた好みの女になればいいだけ。それに、私ならお酒に制限をかけないわ。飲み会だって好きに行くことが出来る。あなたの欲しいものなら全て与えるわ。お金が足りなければ、私があなたのために働いてあげる。あなたが嫌がることはしないし、あなたが望むとおりの女になるのよ。外見が同じなら、その方がむしろタツユキ君にとって好都合だと思わない?」


 タツユキ君が黙り込む。これは、もう一息かもしれない。私はほくそえんだ。


「どうして君は、君はそこまでして美絵子になりたいんだ?」
 私は、タツユキ君が好きそうなモナリザ顔負けの飛び切り大人の微笑を浮かべた。


「決まっているわ。あなたを愛しているからよ。昔からずっと」
 そして、そっと手を差し伸べる。


 ここでキスが出来たら、きっと二人は結ばれるはずだ。



 あと少し。タツユキ君の吐息に私のものではない前髪がそよぐ。

「君と出会った時、可愛い子だなって思った。多分」
 あと三十センチ。


「オレはその時、さちちゃんをちょっと好きだったのかもしれない。じゃなかったら、たとえ親父に頼まれたからって一緒に遊んだりはしない」
 二十センチ。





「けど、それは違うんだ」
 


 あと、十センチ。




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