大海の一滴
the end of beginning
あっという間に春が過ぎ去り、また暑苦しい季節がやって来た。
「お父さん、スーツ着たぁ?」
「ビシッと決めたぞ!」
どうだという風にリビングに入ると、美和は三人分のティーカップを用意している真最中だった。
「う~ん、ま、いっか」
小さな腕を組んで達之の頭からつま先までをじっとりと眺め、「お父さん、八十点」と美和が辛口の採点をする。
一つ学年が上がってから、美和は達之をパパとは呼ばなくなった。
呼び名はともかくとして、それ以上にこの頃少し距離を感じる。
ウザイくらい纏わり付いていた頃が果てしなく昔のことのように思われる。
今では達之の方がウザがられている感じも……。
いやもちろん、ほんの少しだけだが。
達之はやれやれとソファに腰掛けた。
「ちょっと~、ソファのシーツ直したんだから、お父さんはテーブルの椅子に座って!」
座った途端檄が飛ぶ。日に日に、美絵子に似て口うるさくもなってきた。
(こりゃ、谷村部長のように妻と娘に虐げられる日は近そうだ)
やはり、その前に見方を作っておかなければなるまい。
一家に二人、男は必要だ。