大海の一滴
REIKO
オレンジ色の小さな包みを渡されたのは、メインの小鳩がテーブルから取り下げられた直後だった。
「まだ……誕生日には早いわ」
中身にある予感がして、麗子は角ばったその包みを徐ろに付き返した。
「そう言うんじゃなくて……。とにかく開けるだけ開けてみてよ」
少しだけ困ったような憤慨したような、曖昧な笑みと共に、もう一度それは戻される。
開けるまでもないじゃない。
麗子は光を失った瞳でじっと箱を見つめた。
一哉の服装を見た時から、予感はしていたのだ。
それにいつものカジュアルフレンチとはまるでランクの違うレストラン。
食事を楽しむ客は、皆競うように頭から爪先までブランド三昧だ。
中に入る前、ちらりと見えた駐車場には左ハンドルの高級車が並んでいた。
「ほら、とにかく開けてみてよ」
一哉の茶色い瞳が艶のある光を放つ。無垢で愛らしい子犬みたいだ。
この目に麗子は抗えない。仕方なく麗子はそれを手に取った。
一寸の狂いもなくきっちり斜めに巻かれた真紅のリボンは、端を引っ張るだけでスルリと解けていく。
それと引き換えに、麗子の心はぐちゃぐちゃに絡まっていく気がした。
出てきたのは、予想通り二つ開きの小さな青い箱だった。
決して開けてはならないパンドラの箱。
この箱を、開けてはいけない。
パンドラの箱には希望が残ったけれど、この箱に残るのは、返品出来ない高価なアクセサリーだ。
(私は、一哉の悲しむ顔は見たくないのに)
時々一哉は残酷だ。無垢な笑顔で難題を突き付けてくる。
考える時間は僅か数秒で敵前逃亡も許されない。
「なんと言ったら、いいのかしら」
ダイヤをあしらったシルバーリングが現れても、麗子は適切な言葉を探し続けていた。