大海の一滴



 その後のことは、あまり覚えていない。


 気が付けば、一哉のマンションで麗子は四角いガラステーブルとソファーの間の小さなスペースに座り込んでいた。

 程なく、コーヒーの香ばしい香りが立ち込め、キッチンで一哉が淹れてくれているのだと思った。


「お待たせ~」
 やけに明るい口調で一哉が麗子に笑いかける。

 一哉はテーブルに銀色のコーヒーカップを二つ置くと、またキッチンへ向かい、角砂糖が入った透明な瓶とブランデー、デザート用のスプーンを抱えて戻ってきた。
 それから麗子の隣にぴったり寄り添い、小さなスプーンの上にブランデーを染み込ませた角砂糖を乗せて火を付ける。


 ボッ。


 角砂糖の上にブルーの炎が灯った。そして、消えていく。
コーヒーの中にスプーンを浸すと、角ばった砂糖はほろほろと消えていった。



(儀式)


 ぼおっとする頭で、麗子は思った。

 黒い液体、青い炎、強烈なアルコール。

 一哉の長くしなやかな指先。


 これは『何か』を祓う儀式なのだ。何か、とてつもなく悪いもの。正常な社会から排除しなくてはならない『何か』。

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