大海の一滴
酔っていたとは言え、初めて訪れたバーで、そして初対面の一哉に、麗子は愛を告白したのだ。
言った途端、自分の言葉に驚愕した。
そんな突飛な行動に出たのも、もちろん初めてだった。
根が真面目な麗子は恋愛に置いても慎重派で、一目惚れなんてとんでもないと考えていた。
そんな自分が、あんな行動に出るなんて今考えても不思議としか言い様が無い。
あの日、真っ赤になってうつむいた麗子とは対照的に、一哉はどこか冷静だったように思う。
何かを考え込むようにしばらくの間麗子を見つめていた。
断る言葉を捜しているのだと瞬時に思い、酷く後悔したのを覚えている。
(きっと、バーにはそういうお客は珍しくないのだわ。失恋して、フラッと立ち寄ったお店で浴びるほどお酒を飲んで、勢い余って客やバーテンダーに告白するとか。もしかしたら、常連客にこの人のファンがいて、言い寄られているかもしれない)
その日のその時間、客は麗子一人だったが、スラッとしたルックスに甘く端正な顔立ちの、人の良さそうなバーテンダーに、女性ファンがいてもおかしくないと思った。
そして、自分が軽はずみな客と思われることが、恥ずかしくて、情けなくて、炎の中に身を投じたみたいに、全身がぽっぽと熱くなった。
「モスコミュール。お気に召していただけましたか?」
「え?」
つらつら後悔を重ねる麗子の顔先に、一哉は今と同じように広口瓶を掲げて笑ったのだっけ。
「特製のジンジャーウォッカです。ウチはジンジャービアの代わりにこれを使うんです」
それが、始まりだった。