大海の一滴
空になった一哉のタンブラーと、まだ半分残っている自分のタンブラーを持って、麗子はキッチンへ向かう。
なんだか今日は、気分がいい。
一哉の単純で楽観的な性格を、素直に好きだと思えるのは久しぶりだ。
最近は、不眠のせいでイライラしていることの方が多かった。
「そうそう! ここ、海が見えるんだよ」
小さな子供のように一哉が後ろから引っ付いてくる。
「あれ? まだ麗子のモスコミュール残ってんじゃん。丁度いい。本当はベランダで飲ませようと思ってたんだよね! こっちおいでよ」
一哉が早く早くと手招きをする。
言われたとおり、自分のタンブラーを持って麗子はベランダに続く大きな窓を潜り抜けた。
サアーーーーー。
タイミング良く、潮風が吹き抜ける。
「ほら、あそこ。見える? ちょっと遠いけど」
一哉の指し示す方向。
「……海だわ」
小さな小さな海が見えた。