大海の一滴

TATUYUKI


明日は久しぶりの休日だ。

午後十時二十五分。

達之はいつものように、暗いリビングで一人晩餐を始めた。

今日の晩飯はすぐに分かった。
マンションの廊下まで、甘く香ばしい独特の匂いが漂っていたからである。

もちろんカレーだ。

大きな土鍋にたっぷり作られたカレーは、達之がお替りしても底なし沼のように一向に減る気配を見せなかった。

美絵子はこのカレーを、明日の朝、昼、もしかしたら晩飯まで兼用のつもりで作ったのかもしれない。


子供用のルーなのか、カレーは妙に甘ったるく、何故か少し苦い気がした。


 プシュッ。
 本日二本目の発泡酒を開ける。

「ふ~」
 明日を気にせずに飲むビールは、どうしてこんなに美味いのだろう。

(さて)
 達之は立ち上がり子供部屋へ向かった。

 スー、スー、スー。

(大丈夫だ)
 娘の小さな寝息を聞いて、またそろりそろりと返ってくる。
これも日課になってしまったなと、一人苦笑した。

「明日は久しぶりの休みだし、どこかへ連れて行ってやるか」

 仕事にかまけて育児をおろそかにすると子供は離れていくって、谷村部長が話してたな。

『特に娘は要注意だぞ。パパ、パパって慕ってくるのは小学生までだ。そのうち汚いとか、私より先にお風呂に入らないで~とか言い始める。藤川君の子供もまだ小学生と思っていると、あっという間にそういう風になるぞ。後悔しないように時間がある時は思い出作りに励んどけ。それにな、奥さんもそのうち相手にしてくれなくなるんだ。女ってのは本当に怖いんだ』

 やり手の部長の家庭での地位は、降格の一途を辿っている模様だ。

(明日は我が身か。よし、水族館にでも連れて行ってやるか)
 美和はイルカのショーが大好きだからな。

(しかし)
 美絵子のことが頭をよぎる。
もしかしたら明日の昼間、家事をしに戻って来るかもしれない。

ここのところ土日関係なしに仕事に追われていたが、帰れば必ず家事が済ませてあり、飯が待っていた。
明日だけ美絵子が戻って来ないとは考え難い。


「やっぱり、家に居るとするか」
美和とは一緒にゲームでもしてやれば、それで喜ぶだろう。

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