大海の一滴
一哉との同棲が始まっても、麗子の日常は以前の独り暮らしとさほど変わらなかった。
極めて健全な仕事である公務員の麗子と、深夜営業が当たり前の一哉とでは、生活のリズムがまるで違うのだ。
加えて、この家は一哉のバーからは離れており、一哉は毎日一時間以上もかけて自転車通勤をしている。
一哉の家に居る時間は、極端に少ない。
一方の麗子は、以前のマンションより通勤時間が三十分も短くなって、生活に余裕が出来た。
ハア……。
ため息が漏れる。
『どうしても海が見える場所にしたくてさ』
オレの我侭だよと一哉は笑ったけれど、そんなの、嘘に決まっている。
(一哉は私の職場の近くで、物件を探してくれた)
なのに、私は……。
麗子はまた自分に嫌悪した。
二人の職場の距離について、何の考えも廻らせられない自分が嫌だった。
一哉は今、カクテルコンテストに出品するため、新作の研究に忙しい。
休日返上でバーに通い、それでも麗子への気遣いを忘れない。
また、溜息が漏れる。
いつから私はこんなに自分勝手な人間になってしまったのだろうか。
これもうつ病のせいなのだろうか。
(そんなはずないわ)
すぐに頭を振る。
(だけど、やっぱりうつ病なのかもしれない)
そしてまた頭を振る。
まるで堂々巡りだ。
最近、こんなことばかりを繰り返している。