大海の一滴
(問題なのは、渡辺さんのご両親に権力があることだわ)
保護者の方々は、一様に渡辺さんのご両親を恐れている。
佐々木君と高橋さんが何も話さなかったのは、その辺が関係していることはないだろうか。
もしそうだとしたら、安易に行動するわけにはいかない。
(明日のセミナーに参加してみようかしら)
ここから三駅先にある教育大学の講堂で、明日午後二時から、参加無料の講演セミナーが開かれる。
暇なら行こうかと、駅ビルの図書館に置いてあったパンフレットを貰って来ていたのだ。
セミナー名は確か、「子供を守る保護者の言い分」というようなものだった。
もしかしたら、何かヒントになるようなことが聴けるかもしれない。
とにかく、ベランダで一人模索しているよりはずっといいに決まっている。
サァーーーー。
近くの茂みを揺らして熱い空気の中を潮風が吹き抜けた。
気持ちの良い風だ。麗子はうっとり目を閉じた。
『レイチャント、アソンダラダメナンダッテ』
「え??」
反射的に目を見開き、周囲を凝視する。
濃い色の空、割れんばかりのセミの大合唱。遠くの海にかかる入道雲。
それから、近くの公園で、子供のきゃっきゃと笑う甲高い声が聞こえる。
(気の……せいかしら?)
ズキン。
麗子はこめかみを押さえ眉を寄せた。
少し、頭痛がする。冷たいものを飲み過ぎたのかもしれない。