大海の一滴

TATUYUKI


 ハアー。

 達之は、大きな大きな溜息を付いた。



 うんざりするようなカレーの匂いが充満している。

 これで連続カレー何日目だろう。


(原因は、あいつだったのか)

 苦々しくキッチンを眺める。


 まさに今、新しいカレーが作られている真最中だ。


 美和は朝から友達の家に遊びに出かけている。
さっき先方から電話があり、昼ご飯をそちらでご馳走になるらしい。



(オレもご馳走になりたいよ……)



 トホホと、肩を落とす。


 達之の今日の昼飯は、もちろん……新しく作られた甘苦いカレーである。


 リビングに散らばる料理本を見て、更に溜息が漏れる。



『小悪魔ちゃんの魅惑カレー』

『彼の心をキャッチする、恋カレーの作り方』

『世界のカレー大全集』



(タイトルからして、怪しすぎるだろ)

 せめてもう少しマシな料理本を参考にして頂きたい。



 土鍋いっぱいに作られる甘苦いカレーは、平らげるのに、二~三日を要する。

 やっと平らげたかと思うと、また新しく土鍋いっぱいの甘苦いカレーが待っている。
それをまた、二~三日かけて平らげる。
 するとまた、土鍋いっぱいの甘苦いカレーがやってくる……。



(美絵子のカレーにしては甘すぎると思っていたが、こういう事だったのか)



 ずっと、ビールを飲み過ぎた事への、美絵子なりの制裁だと思っていた。


 あの日、変な深夜ドラマを眺め、朝方まで飲み続けていた達之は、空になった缶を散らばして、寝てしまった。


 だからきっと、美絵子が激怒したのだろうと思った。

 酒臭い、散らかった家の中を見た美絵子は、カンカンになり、もうご飯も作りたくないという意思表示を込めて、こんな事をしているのだと考えた。

 少なからず反省もしていた。





『ご飯が出来ました』


 ソファーで寝そべる達之の前に、広告の裏で作ったメモ用紙が差し出される。



(やれやれだ)



 うんざりするのはカレーだけではない。


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