大海の一滴
この時期の女の子は難しい。
こんなに早く谷村部長の気持ちが分かるようになるとは、思ってもみなかった。
カレーは言うまでもなく甘苦かった。
ただし、毎回甘苦さ加減が少しずつ異なっている。
今回はハチミツ入りなのか、テラッとした甘さが舌に絡み付く。達之はそれを、飲み込むように平らげた。
『感想は、正直且つ、正確にお願いします』
食べ終えた食器を片付けると、またメモ用紙が差し出された。
「そうだな。甘ったる……。いや、カレーはもう完璧だ。そろそろ、次のものに挑戦してみてもいいんじゃないか?」
『と、言いますと?』
「えっ、と……」
(やばい、その先は考えていなかった)
「そうだな。例えば……」
とにかく、カレー作りを止めてくれればなんでもいい。
さちが真っ直ぐこちらを見つめる。その熱視線に、達之の頭は真っ白になった。
「せ、洗濯とか」
「……」
「ほら、料理も大切だけど、ワイシャツをビシッと洗える女の子も、男の子にモテるんじゃないかな……と、思って」
「……」
(やばい。いくらなんでもこじつけ過ぎるだろ。だいたい小学生の男の子がワイシャツなんか着るわけ無いじゃないか)
ますます焦る達之を、さちはジッと見続ける。
「あ、いや。あれだ」
『わかりました』
「え? ……分かったのか?」
『家庭科でアイロンのかけ方も習いました』
「……そうか」
洗濯って言った気がするけど、まあいいか。
「じゃあ、お父さんのワイシャツのアイロンがけ、宜しくな」
ホッとした達之は、さちの頭に軽く手を置こうとした。
『では』
それをするりとものの見事に避け、さちはさっさと子供部屋へ逃げて行った。
ハアー。
全く、この時期の女の子は難しい。