大海の一滴
第五章 ~決断~
REIKO
まだ微かに、ラベンダーが香っている。
スティックタイプのお香が灰色の粒子になってしばらく経つというのに、この部屋の空気は相変わらず色付いている。
麗子はぼおっと考えていた。
ここは、どこだっけ。
私は、何をしていたんだっけ。
答えを出したいわけではなかった。
ただなんとなく、どうでもよい事をつらつらと考えていたいだけだった。
涙を流した記憶はないのに、泣き疲れた後のように、若しくは湯船に浸かりすぎて逆上せてしまった時のように、瞼の上がもったり重たかった。
代わりに心のどこかが、少しだけ軽くなったような気もした。
「ごめんね、少し時間がかかった」
大柄のマグカップを二つ手に持ち右の脇にプリントの束を器用に挟んで、秋野さんが戻って来た。
そうだった。
ここは秋野さんの家だった。
ずっと知っていたけれど、改めて思う。
どうぞとマグカップを差し出して笑う秋野さんは、大学の頃と変わらない。
「ちょっと整理したいから、もう少しだけ待ってね」
そう言って、秋野さんはプリントの束を一枚ずつ取り上げ、丁寧に目を通していく。
麗子はその動きを眺め、ゆったりコーヒーを啜った。
秋野さんこと、秋野月子さんとの再会は偶然だった。