大海の一滴
つい口調が強くなる。
「無いわ。そんな事があったらきっと覚えているはずよ。何故そんなことを聞くの?」
何故だろう。
言い表せない重い感情が沸々と湧き上がって来る。
この感情には覚えがある。
一哉と共にいる時、ごくたまに、一瞬だけ感じる気持ちと似ているのだ。
それはほんの一瞬、ギュッと麗子の心臓を掴んで、パッと消えてしまう。
それからしばらくの間、麗子はどうしても一哉に優しく出来なくなるのだ。
麗子の瞳を見据え、秋野さんは務めて穏やかに、話はじめる。
その口調に、揺るがない確信のようなものがある。