大海の一滴
「現在、夏川さんは二人の問題児を抱えている。渡辺まゆみさんと小高タケシ君」
「……ええ、指導方針について迷っているわ」
渡辺さんの問題が露呈したのはごく最近のこと。
けれど、小高君についてはもっと前から保護者会で問題になっていた。
小高タケシ君は相手を暴力で従わせる傾向があり、クラスメイトだけでなく上級生に対しても喧嘩を売り、他の先生達にまで迷惑をかけている。
他人に迷惑だけはかけるなと育った麗子にとって、小高君の指導は最優先しなければならない問題だった。
「私が気になったのは、渡辺まゆみさんの方」
瞬間、心臓が鋭く波打った。
「どうして?」
ジリジリと息苦しさが襲い掛かる。
「渡辺まゆみさんの話をする時だけ、夏川さんは落ち着きがなくなるの。頬が緊張して、無意識に腕を組むようにもなる」
秋野さんは、麗子の胸元に視線を投げかけた。
「あ」
麗子は、自分がきつく腕を組み合わせていることに気がついた。
「それは、人の防衛反応よ」
『レイチャント、アソンダラダメナンダッテ』
あの時の声がした。