大海の一滴
美絵子から秋野月子の話を聞くようになったのは、達之と付き合い始めて一月ほどたった頃だ。
姉妹校だか、兄弟校だか、とにかく他大学との交流会があって、偶然出会ったのだと、美絵子にしては珍しく、興奮気味に話していた。
それ以来、二人の交友は続いているようだ。
とは言え、達之の知る限り、二人はそれほど親密に連絡を取ったり遊びに出かけたりはしていない。
それが、昔から不思議だった。
『彼女は特別なの。私は、彼女を細胞レベルで信頼しているのよ』
いかにも理系らしい返答で美絵子は説明してくれたが、仲間同士つるんでとことん馬鹿をやるのが好きな達之には、全くピンとこない。
まあ、付き合い方は人それぞれだ。
(にしても、何で子供の人数と年齢を聞いてきたのだろうか?)
ふと疑問が湧き上がる。
もし彼女が、秋野月子が本当に美絵子の心配をしているのなら、今回の美絵子の家出とあの質問に、何か関係あるのだろうか。目を閉じて考える。
(子供。年齢。数)
そう言えば谷村部長にカレーの話をした時、さちと美和を間違えたな。
そんなどうでもよいことが頭をよぎる。
『美和ちゃん、もう一人でカレーを作れるのか』
部長にそう言われて、達之も何故か、美和が作っているのだと思い込んでしまった。
(いろいろ滅入ってたからな)
一番の原因は、五十嵐に他ならない。
ドンドン。
乱暴にドアを叩く音がする。
「パパ、今日美和とゲームしてくれる約束だったよ~」
扉の向こうで、美和がご立腹だ。
「おっ、そうだった。今行くから、用意しておいてくれるかな」
「うん! 絶対だよ! 絶対早く来てね!!」
ばたばたばたっと、お決まりの漫画のように元気な駆け足が去って行った。
(ひとまず、いろいろ保留だな)
ベッドから起き上がって、伸びをする。
考えても仕方ないことは、考えない主義だ。
物事なんて、なるようになる。
それが達之のモットーである。