ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
ミツは顔をあげた。
また洟が垂れてきて慌ててすする。

その聴き慣れた高くかすれた歌声は、モニターではなく、
薄壁の向こうから聴こえてくる。
ミツは耳を澄ませた。

初めてこの歌を聴いた夜、ミツは壁を叩いてレミを追った。
あの時はすぐに部屋を出てしまった。 
ミツがそのまま耳を澄ませて薄壁を見つめていると、
洋二は続きを歌いだした。

 追いかけて 好きといえ
 おまえはいつも 後悔ばかり

 想像とは少しずつ ズレていく現実
 でもまだ どうにかなるんじゃないかと
 根拠のない希望にすがるんだ

 おまえが 失くしたくないものは 一体何なんだ?
 いつか このままでいられなくなる日を思うと
 胸がつぶれそうになるんだ

あの夜よりも、ずっとずっと切なくて、かすれて途切れそうな洋二の声。
洋二は、ミツの部屋側の壁にもたれて歌っていた。
歌いながら、泣きそうになると、腕に爪を立ててこらえた。

歌い終わって、もう一度最初から歌った。
薄壁に向き直り、両手を乾いた木に祈るように当てた。

ミツは、そういえば、この歌を一度も洋二が
バンドで歌ったことがないことに気づいた。

モニターには素材テープが流れる。
柔らかく笑う羽月、羽月を見て口元が緩む洋二。
羽月の瞳は揺れる。

ミツはやっと気がついた。
洋二が羽月に思いを明かさない理由。
羽月の視線の先にあるもの。
洋二の歌声が強くなった。
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