ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
ミツは荷物を抱えたまま、
少し開いた重いドアをすり抜けてスタジオへ入った。
薄暗いスタジオの隅から、眩しい照明の当たるセットを見る。
目が慣れると、ド派手なピンクや赤のセットに囲まれて、
歌っているのが見えた。
洋二だった。
少し見ないあいだに、また痩せたように見えた。
髪は切ってないようで、無造作にわけたヘアスタイルがダサかった。
外すのが面倒なだけだと気づいた銀色のドッグタグが、
今も洋二の胸元で揺れる。
フラワー・オブ・ライフでは一度も歌うことのなかったあの曲。
アコースティックギターに持ち替えて、洋二は歌う。
高音がかすれる歌声。
切なく、心を絞るような声。
見間違えるはずがない。
そこには洋二の姿があった。
たった一人で、歌う洋二の姿があった。
出来レースだと、グラビアアイドルとお笑い芸人にあれこれ言われて
ジャッジされるような舞台に、洋二の姿があった。
ミツは荷物を片膝をあげて落ちないように固定し、
すすけて黒くなった軍手で目頭をぬぐった。
さらさらと痛みのない低温の涙が頬を伝った。
洟も垂れたのでそのまま軍手でぬぐった。
洟もさらさらしているように感じる。
無精ひげが軍手をちくちく刺す。
ミツは荷物を床に置いて、軍手を外し、涙をぬぐった。
洋二の姿がぼやけて見えなくなって、歌声だけがミツを震わせた。
ミツはスタジオの冷たい壁にもたれた。
洋二に見つかったら絶対に笑われてしまう。
それとも、ここで歌っていることを見つかって照れるだろうか。
また恥ずかしそうに目をそらすだろうか。
ミツは親指と人差し指で四角い枠を作って、ステージの洋二を囲んでみた。遠く離れた洋二がその中に納まった。
ルーズショットと呼ぶには、少し遠すぎる気がした。
「おい、中野。何さぼってんだ。」
いつのまにかスタジオでミツを見つけた先輩ADが、
低く苛立った声をミツに向けた。
ミツは慌ててファインダー代わりの両手を崩す。
「はい。すんませんっす。」
「ったく、さぼってんじゃねーぞぉ。」
ミツは袖でゴシゴシと顔を拭き、軍手をはめなおした。
湿った感触が甲をさらった。荷物を抱えてスタジオを出る。
少し開いた重いドアをすり抜けてスタジオへ入った。
薄暗いスタジオの隅から、眩しい照明の当たるセットを見る。
目が慣れると、ド派手なピンクや赤のセットに囲まれて、
歌っているのが見えた。
洋二だった。
少し見ないあいだに、また痩せたように見えた。
髪は切ってないようで、無造作にわけたヘアスタイルがダサかった。
外すのが面倒なだけだと気づいた銀色のドッグタグが、
今も洋二の胸元で揺れる。
フラワー・オブ・ライフでは一度も歌うことのなかったあの曲。
アコースティックギターに持ち替えて、洋二は歌う。
高音がかすれる歌声。
切なく、心を絞るような声。
見間違えるはずがない。
そこには洋二の姿があった。
たった一人で、歌う洋二の姿があった。
出来レースだと、グラビアアイドルとお笑い芸人にあれこれ言われて
ジャッジされるような舞台に、洋二の姿があった。
ミツは荷物を片膝をあげて落ちないように固定し、
すすけて黒くなった軍手で目頭をぬぐった。
さらさらと痛みのない低温の涙が頬を伝った。
洟も垂れたのでそのまま軍手でぬぐった。
洟もさらさらしているように感じる。
無精ひげが軍手をちくちく刺す。
ミツは荷物を床に置いて、軍手を外し、涙をぬぐった。
洋二の姿がぼやけて見えなくなって、歌声だけがミツを震わせた。
ミツはスタジオの冷たい壁にもたれた。
洋二に見つかったら絶対に笑われてしまう。
それとも、ここで歌っていることを見つかって照れるだろうか。
また恥ずかしそうに目をそらすだろうか。
ミツは親指と人差し指で四角い枠を作って、ステージの洋二を囲んでみた。遠く離れた洋二がその中に納まった。
ルーズショットと呼ぶには、少し遠すぎる気がした。
「おい、中野。何さぼってんだ。」
いつのまにかスタジオでミツを見つけた先輩ADが、
低く苛立った声をミツに向けた。
ミツは慌ててファインダー代わりの両手を崩す。
「はい。すんませんっす。」
「ったく、さぼってんじゃねーぞぉ。」
ミツは袖でゴシゴシと顔を拭き、軍手をはめなおした。
湿った感触が甲をさらった。荷物を抱えてスタジオを出る。