§魂呼びの桜§ 【平安編】
すると、その右大将の背に帝が言った。
藤壷が誰をその心に住まわせていようと、私はこの人が愛しいのだ
誰よりも、立場など関係なく、この人を想っている
大切に、したい
傷つけたくない
わかってくれるか
右大将は何か言った。
けれど背を向けていた帝には、なんと言ったのか聞こえなかった。
そして、右大将が一歩縁に出た。
帝は眠る藤壷の流れるような髪をひと房すくい上げ、そっとくちづけた。
すると、御簾を巻き上げるような強い風が突然吹いたのだ。
局の中をぐるぐると円を描くように吹く風。
軽いものは宙に舞い、几帳などの建具は倒される。
また物の怪か!
叫んで帝は藤壺を庇うように覆い被さった。
またもやの珍事に、女房たちはもう呆然としている。
麗景殿を抱えた右大将も、吹きすさぶ風に煽られ、妹を守るように突っ伏していた。