§魂呼びの桜§ 【平安編】
労しいことじゃ
ふいに掛けられた声に、異形と化した藤壺は険しい顔で振り向いた。
そこには一人の老女が立っていた。
いや、立ってはいない。
彼女は宙に浮かんでいるのだ。
そなたはたれぞ
藤壷はそこで初めて鉈を振るう手を止め、老女に向き直った。
老女はしわがれた声で言った。
おまえさまは己が欲に飲み込まれ、とうとう鬼となるまでに堕ちてしもうたのう
己が、欲じゃと
ただ恋しい人に思われたいと願うて、何が悪い
恋しいと求めるだけで、幸せになれるか
その問いに、藤壷は顔を強張らせた。
おまえさまがずたずたにしてしもうたこの桜木は、願いを叶えるのではない
たたみかけるような老女の言葉に、藤壷は動揺を隠せないでいた。
おろおろと赤い瞳を宙にさまよわせ、胸の辺りを長い爪で掻きむしっている。
そなたの心を顧みよ
老女は言い放った。
な…に……
うろたえ、かすれた声でいう藤壷に、老女は少し遠くを見やった。
その視線を追って振り返ると、小山の降り口に人が倒れていた。