恋の魔法と甘い罠
化粧室内の鏡に向かうと、頬がほんのり赤らんでいて、これじゃまるで恋でもしているように見える。


でもそんなはずはない。


だって、あたしは昨日失恋したばかり。


慎也さんのことを考えると、まだずきずきと胸が痛む。


だけど昨夜飲んで、そのまま朝を迎えたからか、一晩中泣き続けるなんてことはなかった。


でも少し瞼が腫れていたから、記憶がない間に泣いてしまったのかな。


小さく息を吐いたあと、化粧室を出た。


その瞬間――



「……!……」



視界に飛び込んできたのは、ついさっき逃げてきたはずの……和泉さんで。


ぱっと俯いて、そのまま駆け出すように歩き始めたけれど



「そんなに逃げなくてもよくね?」



朝もさっきも今も……と付け加えながら、和泉さんはあたしの手首を掴んできた。



「……っ!」



それと同時に、今朝目覚めたときのことを思い出して、身体中がカッと熱くなる。


そのせいで赤くなってしまった顔を見られたくなくて、それを隠すようにさらに俯いたけれど、目の前からふっと笑ったような声が聞こえてきた。
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