恋の魔法と甘い罠
ほんとなら“何もない”と言って、またビールを口に運ぶところだけれど、心のどこかで相手をしてほしいという思いも存在していて。


だからつい気になっていたことを口に出していた。



「和泉さんは……どうしてあたしの名前を知っているんですか?」


「えっ」



あたしの質問に小さくそう言いながらこっちを向いた和泉さん。



「名前?」


「はい……今まで話したこともなかったのに、苗字じゃなくて、いきなり名前で呼んだから」


「ああ」



和泉さんはそう言ってビールをぐいっと飲んだあと、また口を開いた。



「俺、苗字知らねぇし」


「えっ」


「おまえの苗字知らねぇの」



和泉さんがそう言うのを聞いて、確かに今まで話したことがなくても、苗字を知らなかったらいきなりでも名前で呼ぶのかもしれない、と思ったけれど……


でも、どうして名前は知っているの?


訳がわからなくて、そのまま和泉さんの横顔をじっと見ていると、



「何? 他にも訊きたいことあんの?」



そう言って和泉さんはまたあたしの方へと視線を向けてきた。


その言葉に小さく頷いてから



「どうして名前は知っているんですか? もしかして……あたし、言いました?」
< 86 / 357 >

この作品をシェア

pagetop