セックス·フレンド【完結】
立ちすくむあたしを、何人もの人が追い越していく。


頬を伝う液体が、ひんやりと冷たくて驚いた。


これは、涙?


あたしは、泣いているのだろうか?


そう思って、瞼に触れた。


すると、また一つ、冷たいものが頬を掠める。


雪だ。


泣いているのはあたしではなかった。


あたしの代わりに、空が泣いていた。


見上げた空から、今年初めての雪が、はらはらと舞い降りてくる。


あの日見た、夜桜の美しさが蘇ってくる。


雪のように舞った桜の花びらの下を、隆也と肩を並べて歩いた春の日。


そして、今、あたしは独りきりで立ちすくんでいる。


「寒い…」


そっと呟いて、あたしは自分の体を抱きしめた。


思い出すのは、あの逞しい腕の中にいた幸福な時間。


好きだと囁いてくれた低い声。


あたしだけに向けられた優しい眼差し。


繋いだ手の温もり。


大好きだった。


本当に、大好きだった。
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