カレの愛は増すばかり。
『お前の母さんは俺の自慢だよ』
そう口癖のように呟いては見せてくれたのは、誰かにシャッターを押してもらったであろう、幸せそうに笑い合う父と平凡な顔の知らない女の人の写真。
この女の人が私のお母さんなんだと、薄ぼんやりとは理解していたものの、やっぱり私にとっては父が全てだった。
だけど父は、そうじゃなかったのかもしれない。
駆け落ちをする程愛しかった母に先立たれたのだ。
父が短命だったのは、父が母に会いたがっていたからではないだろうか。
あんなに私の為に働いて体をボロボロにしていたのに、その死に顔は凄く穏やかだった。
私は、父の人生を縛っていたような気がしてならない。
「満ちゃん、お待たせ。」
そう声がして顔を上げると、吉井さんが運転席のドアを開けてこちらを覗いていた。
「……泣いてる?」
「え…、」
眉尻を下げて首を傾ける吉井さんに、私は冷たい頬を指でなぞってみる。
ひやりと指の先が濡れて、初めて自分が泣いていたことに気づいた。
「…寒かったね。エンジンかけてて良かったのに。」
「………、」
吉井さんに車のキーを渡してもう一度顔を俯かせると、突然両耳にふわふわした何かが当てられる感触がした。
「ロッカールームに忘れてた。」
「あ…、ありがとうございます。」
私がロッカールームに忘れていた耳あてを、吉井さんはわざわざ持ってきてくれたらしい。
慌ててまた顔をあげると、吉井さんはもうこちらに背を向けてエンジンをかけているところで、「どーいたしましてー」という間延びした声だけが投げ掛けられた。